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以下は論文:
町田英一、佐野精司、江川雅昭,陥入爪に対するコットンパッキングと形状記憶合金プレートによる矯正治療, 靴の医学 (日本靴医学会機関誌),10,56-60,1996
の図表を除く全文です。



陥入爪に対するコットン・パッキングと形状記憶合金プレートによる矯正治療

日本大学整形外科
マチダ エイイチ
町田英一 、 佐野精司

江川整形外科・形成外科医院(大阪市)
江川雅昭

Key-words:Ingrown toenail(陥入爪), Shape memory alloy plate(形状記憶合金プレート) Cotton packing(コットン・パッキング), Silver nitrate stick(硝酸銀棒)

連絡先 〒173-8610 東京都板橋区大谷口上町30-1 日大整形外科 Tel:03-3972-8111 Fax:03-3972-4824


要旨
靴による圧迫が陥入爪の原因の一つとされている。10人に1人は陥入爪と言われる程多い疾患であるが、患者は手術を恐れて医療機関を受診するのが遅れる事がある。皮肉にも、そのため手術療法を選択される事が多くなる。形状記憶合金プレートを用いた新しい治療法について報告する。

方 法
多摩メディカル社製の陥入爪矯正用形状記憶合金プレートはニッケル・チタニウム合金から成り、40゚から45゚以上の温度で平らに戻る。このプレートを外科用接着剤アロンアルファA「三共」で爪の表面に貼り、患者はヘアードライヤーで毎日1回から3回温める。この形状記憶合金プレートは常温では柔らかく、温めた時のみバネとして働く。貼る前に、陥入部の爪廓を引いて縁を良く露出し、矯正しようとする弯曲部に合わせて細かく型どりをする。(図1)  我々の治療方針は過剰肉芽のある場合は、硝酸銀棒で肉芽を腐食し爪縁を露出し、爪のトゲ(爪刺)を除去する。この治療による痛みは少ないため、普通は局所麻酔を用いない。(図2) 触れただけで強い痛みのあるStage 2の例では爪刺を切除するために局所麻酔を用いる事もある。形状記憶合金プレートを貼り爪の弯曲を少しづつ矯正する。コットン・パッキングは爪の角の下に隙間ができたら右に示す様に爪の角の下に綿花を詰め爪の成長を軟部組織の表面に誘導する。肉芽の無い例では形状記憶合金プレートとコットン・パッキングを行う。

対 象
 症例は2カ月以上経過した45例、年齢は 14歳から72歳、平均35歳、男性22例、女性23例と男女差は無く、やや若い成人に多い。来院時の状態は Heifetzのstage 1の炎症期が30例、stage 2の膿の貯留が4例、stage 3の肉芽形成が22例である1)。

結 果
経過観察期間は2カ月から12カ月である。痛みがとれて爪の形が明らかに変わったのが14例、痛みがとれたのが29例で、74%が経過観察できた。このうち無効例は無い。残り14例は不明である。不明は全て症状の軽いstage 1であり、プレートの貼り方を指導している。重症例であるstage 2、stage 3は全て経過観察し、軽快している。形状記憶合金による矯正の効果は爪の厚さによる。爪の薄い症例では比較的短期間で痛みが軽快するが、接着剤が剥がれ易い。

症 例
代表症例、56歳男性。テニスを3年前から毎週行い、2年前から炎症を繰り返していた。硝酸銀棒で肉芽を腐食し爪縁を露出し、爪のトゲを除去し、同時に形状記憶合金プレートを貼った。1週間で痛みが取れ、隙間が出来たのでコットン・パッキングも追加した。深爪していた爪の角も2週間で軟部組織の上に出て炎症が消退した。 (図3)
過剰肉芽を生じている例では、まず軟部組織内の刺状に残った爪を切除する。トゲは皮膚を突き破って出る事もある。(図4) トゲが軟部組織内にあると激しい肉芽腫を生じるが、硝酸銀棒による腐食で麻酔を用いずに切除できる。軟部組織に隠れている爪の縁の部分は柔らかく矯正治療に反応し易い。

考 察
 陥入爪の原因としては、先天性、環境、外傷、医原性がある。手指の陥入を伴う先天性と考えられる症例も稀にある。不適切な爪切り、深爪が最も多い。そして靴のtoeboxが狭いと陥入爪が発生し易い。外傷により爪を剥離した後には患側のみ陥入爪を生じる事がある。また、爪刺を医師が切除し、深爪を生じてさらに陥入爪が進む事も多い。(図5)

 陥入爪に対して爪甲爪母爪廓の部分切除やフェノール法が一般的に行われているが、こうした手術は爪の幅を狭くし、整容的に問題がある。爪は爪母により作られ、遠位に伸びてくる。従来は手術により爪母の形を変える事で爪甲の弯曲を変えようとしてきた。しかし、爪が厚く肥厚し、弯曲が極めて強い弯曲爪のpincer nailでも、形状記憶合金プレートにより、明らかに弯曲が改善する。(図6) つまり爪甲の弯曲を改善すると爪母の形が改善するのが観察された。陥入爪の発症機序と逆の経過を辿って治癒する。

 形状記憶合金プレートは従来からある爪の矯正用のbraceを進歩させた方法である。ドイツのONYCLIPは弾性の金属板であり欧州で用いられている。三浦はドイツBernd Stolz社のB/S Braceを紹介している2)。これは弾性のあるプラスチックの板であり、やはり接着剤で爪に貼布する。著者も数例に用いて軽症例に効果がある事は確認したが、弯曲した爪に弾性のある平板を貼るのは煩雑であり、その弾性が持続することは期待できない。一方、形状合金プレートは爪が厚く、弯曲が強い症例に対しても有効であるが、治療期間が数カ月におよんでしまう事、プレートが約1万円と高価な事が欠点である。

 陥入爪の急性期の痛みの原因は爪刺にある3)。爪の縁と角を露出するのが要点であり、その後に形状記憶合金プレートで爪甲の弯曲そのものを矯正する。

 爪の成長方向を押し上げるコットン・パッキングは18世紀にはすでに用いられていた。Senapati(1986)は古くからの治療法であるが軽症例には有効であり、現代でもみなおすべきであるとのべている4)。最新の形状記憶合金プレートに古くからの硝酸銀棒とコットン・パッキングを加えた3つの方法を陥入爪の適切な時期に組み合わせて用いる事で効果は確実で、治療期間は短縮された。この治療方針により、我々が渉猟した範囲で手術を必要とした例は無い。

ま と め
陥入爪に対するコットン・パッキングと形状記憶合金プレートによる矯正治療を行い、爪の弯曲を改善した。

文 献
1) Heifetz,CJ:Ingrown toe-nail. Am.J.Surg.38,98-3315,1937
2) 三浦淳子,ドイツBernd/StolzのシステムによるB/S Braceの陥入爪に対する保存的処置法について,靴の医学,7,117-118,1993
3) 鬼塚卓弥,Ingrown nail爪刺(陥入爪)について,形成外科,10,96-105,1967
4) Senapati,A:Conservative outpatient management of ingrowing toenails.,J.R.Soc Med.79,339-40,1986

図の説明
図1 矯正しようとする弯曲部に合わせて細かく型どりをする。
図2 硝酸銀棒により腐食し、トゲを切除する。
図3 56歳男性 硝酸銀棒、形状記憶合金プレート、コットン・パッキングによる治療
図4 爪刺(トゲ)は皮膚を突き破って出る事もある。
図5 陥入爪の悪循環
図6 爪が厚く肥厚し、弯曲が極めて強い弯曲爪のpincer nailでも、形状記憶合金プレートにより、明らかに弯曲が改善する。


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